「遠い日の約束」
(プロローグ)
「しかし繰上げ卒業とはね・・・戦況はかなり悪そうだな」
卒業式後のささやかな宴の席で、紫色をした髪の毛を持つ少年が、呟いた。
周りにいたクラスメート達が一斉に彼の方を振り向く。
彼らは大魔導士だったが、現在起こっている大戦に参加するよう、
マジックアカデミーを繰上げ卒業することになったのだった。
少年はまずいことを言ってしまったかな、と思いつつも、
この際だから言いたいことを全部言ってしまえ、とばかりに話を続けた。
「それにしても、あの校長は何だ?!軍の参戦要請を受けるなんて!
僕達はまだ・・・実戦経験はおろか、ヴァーチャルバトルすらやったことがないんだぞ?
それで戦地に行ったって・・・」
しかし、彼の主張は傍らにいた男に遮られた。
「そのぐらいにしておいた方が貴様の身のためだ。
俺は軍のことは嫌というほど知っているが、軍隊でそういう発言をしたら、
次の日には最前線で見殺しにされるぞ?
ここでの発言だって、上層部の耳に届かない保証はないんだからね・・・」
「・・・・・・・・」
「とにかく、皆生きて帰ってこよう。ここでの生活は楽しかった・・・・・またいつか会おう」
その言葉を機に、その場の全員が生きて帰ってくることを誓い、
そして、そのまま各々の戦地へ旅立っていった。
・・・・・・・・・しかし、守られた誓いは、たった二人分に過ぎなかった・・・・・
1、教室の嵐・番外編〜職員室にて〜
フランシスは不機嫌だった。
よりにもよって、転校生がこんなヤツとは。
「あいつ」の話からある程度は察しがついたが、まさかこれほど常識ハズレのがくるなんてなぁ・・・・
でも、「約束」した以上、断れないし・・・
それにしてもレオンといい、この前のシャロンといい、私のクラスはなぜ「問題児」ばかり集まるのだ。
「何かおっしゃりましたか?フランシス教官」
「いや、何でもない・・・とりあえず君をクラスの皆に紹介しなくてはいけないな。ついてきたまえ」
フランシスはため息をひとつすると、ゆったりとした足取りで教室に向かっていった。
2、心の自由・番外編〜対抗戦当日・コロシアムにて〜
@再会
「ここは変わってないな・・・」
軍服を着た男は、アカデミーの廊下を歩きながら、そう呟いた。
左目の眼帯と、左手の義手が、彼の今までの戦場での苦労を物語る。
どうやらその苦労は報われているようで、襟には「中将」を示す襟章を付け、
胸には数々の勲章が輝いていた。
すれ違う人達は、場違いな格好をした彼を不審そうに眺めるのだが、あるものを見つけると、
急に納得したような顔つきになって、詮索することも無く通り過ぎるのだった。
彼の胸には、マジックアカデミーの「勲章」(卒業記念用)が、他のたくさんの勲章に混じって、
縫い付けられていたのである。
「フランシス先生、お客様がお見えになられています」
「私に?こんな時に、一体誰だ・・・?」
「それが、名乗ってくださらないんですよ・・・『会えばわかる』とだけ・・・」
「そうか。まあ対抗戦が始まるまでまだ少し時間があるし、会ってみるか」
フランシスはそう言うと、迎賓室へと向かった。
「やあ、フランシス、久しぶりだな」
「・・・・・・レギン、なぜお前がここに・・・・忙しいんじゃなかったのか?」
「いや、今日は対抗戦の日だろ?無理やり休暇をとったのさ。
お前に預けたサンダースの様子も見ておきたかったしな」
「お前には言いたいことが山ほどあるが・・・
とりあえず、なぜ今日が対抗戦の日だと分かったのだ?」
「あれ?貴様のところには届かなかったのか?
我々『卒業生』には、対抗戦の招待状が毎年来るのだが。
大体のところは、ついでに同窓会もやってしまうし」
フランシスは記憶の奥底から、2週間前に届いたマジックアカデミーからの手紙を
拾い上げてくるのに何とか成功した。
「そういえば、届いていたな・・・別に私には必要の無い通知だったから、
気にも留めなかったが・・・しかし、私たちも『卒業生』なのだな・・・」
「ああ・・・間違いなく、最も未熟な『卒業生』だっただろうがな・・・」
そして、レギンは、少しうつむいた後、真っ直ぐフランシスを見つめて、言った。
「そういえば、20年前、あの『約束』をしたのも、ちょうどこの日だったな」
「・・・・・そうだな。あの日の約束は、絶対に忘れはしない・・・」
A20年前
マジックアカデミーは、地上の戦禍がまるで嘘のように、
戦前の時の姿と全く変わらないまま、宙に浮かんでいた。
どうやらここまでは敵も攻撃してこなかったらしい。
フランシスは少しほっとして、同窓会の会場となった教室の中へと足を踏み入れた。
中には、誰も、いなかった。
隅の机でなにやら書き物をしている眼帯の男を除いては。
その男の名前はおろか、クラスにいたかどうかすら思い出せなかったが、
フランシスは、その男に近づき、話しかけてみることにした。
「君もこの同窓会の出席者か?申し訳ないが、どうしても思い出せないのだ・・・あ、僕はフランシスだ」
眼帯の男は、フランシスの方を見ると、淋しそうに言った。
「そうか・・・分からないのも無理はないな・・・・・俺はレギン。
アーミーアカデミーからの留学生だったレギンだよ」
フランシスは驚いてレギンと名乗った男を凝視した。
これが・・・あのレギンなのか・・・・?
変わったところは眼帯だけではない。
左手は義手になっているし、何より・・・あれから1年しかたってないのに、
あの時より20歳は年を取ったように見える。
「信じられない、といった面持ちだな。でも、残念ながら嘘ではない。
自分でも嘘であって欲しいとは思うのだけど。変わってないのは、貴様だけだよ・・・」
フランシスは、自分の任地を思い出した。
そういえば、自分が配属されたのは、最前線から程遠い、安全な後方基地だった。
そうだ、他の皆はどうしているだろうか・・・?
「皆、死んだよ。あの時のメンバーで生きてるのは、今ここにいるので全員というわけだ」
フランシスの問いに、レギンは辛そうに答えた。
「俺は正式な軍人だからな・・・戦争が終わって、色々調べてみた。
軍の公式記録では、貴様以外は全員戦死ということになっていたよ・・・
念のため、全員に同窓会の案内状を出したんだが、案の定返ってきたのは貴様だけだった」
「・・・・・・・・・そんな・・・・嘘だろ・・・嘘だと言ってくれよ!」
フランシスは柄にもなく取り乱していた。
そんなフランシスを、じっと見つめた後、レギンはゆっくり首を横に振った。
「くそっ!僕だけ大した怪我もなく、こうしてのんのんと生きてるなんて・・・
これじゃあ死んでいった皆に申し訳が立たないじゃないか・・・ちきしょう・・・」
「なあ、お前、マジックアカデミーの校長になれ」
しばらく時間をおいて、レギンは突然語りかけた。
「な、なにを突然・・・なぜ僕がここの校長に?」
「いいから聞け。フランシス、卒業式の日に貴様自身が言ったこと、覚えてるか・・・?」
「僕自身が言ったこと・・・?」
「そうだ。未熟な学生の出陣を許可した校長を糾弾してただろ」
レギンは知っていた。
腕が未熟な魔導士を出陣させたために、失われなくてもいい命が多数失われたことを。
繰上げ卒業した期の魔導士たちは、他の期の者に比べて圧倒的に戦死率が高かったのだ。
「ああ・・・あれか・・・それがどうしたってんだ・・・」
「もしまた戦争が起これば、またあれと同じようなことが起きるかもしれない。
俺は、貴様にそれを防いで欲しいんだ」
「それなら、お前がなればいいじゃないか・・・」
「俺では無理だ。俺は元々よそ者だし、それに俺は・・・軍隊に少し深く関わりすぎた」
「・・・・・・・」
「俺は俺で、軍隊の中から軍隊を変えていこうと思ってる・・・
そうだ。貴様がここの校長になって、私はアーミーアカデミーの校長になる。これでどうだ?」
「・・・・・・・」
「何も今すぐ答えを出さなくてもいい。
ただ・・・そうすることで少しは死んでいった皆に報いることが出来ると俺は考えている。
あいつらの無念を、後の世代の者に味わせ無いようにすることでな。
あいつらもそれを望んでるんじゃないか、と思う。
さてと。
湿っぽい話はこれぐらいにして、後は生き残った者同士、酒でも飲んで楽しくいこうか」
「・・・・・待てよ。レギン、約束だ。僕は必ずここの校長になる。
お前は、アーミーアカデミーの校長になれ。どっちが早く目標を達成するか、勝負だ」
「勝負事じゃないと思うのだが、まあ貴様がそれで勝負したいというならそれでもいいだろう。
それじゃあ、負けたヤツは勝ったヤツの言うことを必ず1回聞かなきゃいけない、でいいな?」
「ああ、僕は負けない・・・絶対に・・・」
B対抗戦
「で、結局、勝負には俺が勝ったわけだ」
「くっ・・・その結果が、今回の留学生の押し付けだ。
ただでさえ、ウチのクラスの生徒は手がかかるのが多くて、大変なのに・・・」
「おいおい、押し付けとは人聞きの悪い。俺は貴様を信頼してあいつを預けたんだぞ?」
「はいはい。・・・・・おや、どうやら、そろそろその『あいつ』の出番らしい。見ていくんだろ?」
「勿論だ。会場に案内してくれ」
その後、レギンは私のクラスの対抗戦の一部始終を見て帰って行った。
サンダースがボロ負けしていた時のあいつの顔は見ていてなかなか面白かったが・・・
ってこれはさすがに不謹慎か。
なんせ、私のクラスの生徒が負けてるわけだからな。
でも、戦いが終わった後のサンダースを一目見た時のあいつは、
憎たらしいぐらい晴れやかな顔をしていたな。一体何があったのか・・・
まあ、この対抗戦を通じて、サンダースもクラスの皆に受け入れられたようだし、少しは楽になるかな・・・
「お、いたいた。フランシス先生、祝勝会の準備が出来たぜ。早く来てくれよ」
「レオン・・・先生には敬語を使えと、いつも言ってるよな?」
「悪りぃ、悪り・・・はっ。すいませんでし」
ズガーン。
レオンの言葉がまだ終わらない内に、フランシスの雷が落ちた。
「相変わらず学習能力の無い奴だな。おい、レオン大丈夫か?」
「ちょっとレオン、大丈夫?」
セリオスとルキアが雷の直撃を食らったレオンを助け起こす。
「全く・・・セリオスの言うとおりだ。レオンには困ったものだな・・・」
フランシスはそう呟くと、レオンにヒーリングの魔法をかけてやった。
「そういえば、私もまだ中級魔術師ぐらいのときは、よくこんな風にバカ騒ぎしてたんだよなあ・・・」
祝勝会の会場で、フランシスは一人考えていた。
あの頃は、まだ戦争なんて始まっていなくて、仲間たちと一緒に色々と遊んだものだ。
毎日が楽しかった。
今思うと、おそらくこれまでの人生の内で一番幸せにあふれていた頃だったのかもしれない。
あの頃は、そんな日がいつまでも続くと思っていた。
でも、上級魔術士になって、戦争が始まった頃から、様相は変わってきた。
まず、自由な時間というものが極端に減った。
魔法は、戦争に役立つものしか覚えさせてもらえず、授業は味気ないものになっていった。
それでも、まだ苦労を分かち合える仲間たちがいた。
その仲間たちも、今はもう、一人を除いて、誰もいなくなってしまった・・・
彼らにはそんな思いを味わせたくない。
そのためには、絶対校長にならなければ。
私の理想の教育を全校レベルで実現するためにも。
レギンに負けてはいられない。
3、エピローグ
「・・・勉強不足だな。これでも食らえ!」
ズガーン。今日も教室に雷鳴が轟く。
「60点まであと2点じゃないか・・・それぐらいおまけしてくれたって・・・」
「うるさい。足りないものは足りないのだから、文句を言うな」
「ちぇっ、ケチ・・・」
「何か言ったか?レオン?」
「いいえ、何も」
・・・・自分ながら、手厳しいな。生徒は私を恨んでいるかもしれない。
でもそれでもいい。
未熟なまま外の世界に行くよりも余程、本人のためになるはずだから。
なあ、天国のみんな。私はまだこうして恥ずかしながら生きている。
みんなには本当に申し訳ない。でも、あの日、私は誓ったのだ。
あんなことは二度と起こさせない、と。
そして、最低でも、自分の身ぐらいは自分で守れるような奴しか卒業はさせないと。
もうすぐ次期校長を決める選挙がある。私はそれに立候補するつもりだ。
必ず、勝ってみせる。みんなも天国から見守っていてくれ。
そう呟くフランシスの手元では、古ぼけた卒業記念用の勲章が鈍い光を放っていた。
(完)
別館topに戻れ、、、戻りたくない? これでも喰らえっ!
管理人注釈
、、、と、まあ、なんでしょうか。
所謂「よい話」を書くことに関しては、C・ドクテンさんの右に出る者は中々居ないですw
フランシス先生へのイメージが変わりましたよ(爆
なるほど、そんな理由があって、校長の座を狙ってたんですね、、、
公式設定から引っ張ってきたものを、見事に利用されましたなw
一応、前項編っぽく完結してしまってますが、次回作にも期待です!