レオンの微妙な事実



 墓穴を掘る人間というものは何処にでも居るものだ。
 大概は1度の失敗で学習し、用心するものだが、中には何度も同じ様な手に
引っ掛かって、数え切れない程の墓穴を掘る者も居る。
 このお話の主人公である彼───レオンは後者の人間だった。
 先日、クラスメートたちの前で「お料理名人」だと言う事を暴露してしまった彼は、
今日もまたひとつ、みずからの墓穴を掘ってしまうのである。



 その日、アカデミーに小包が届いた。
 包装は至ってシンプルで、表書きから中身は衣類と判明。
 但し差出人や住所は無く、宛名の替わりに貼付されていたカードには、綺麗では
ないが読み易い字で、“レンに愛を込めて S”とだけ書かれていた。
「どうしましょうか?これ」
 試験官であるアメリアが問う。
「どうすると言われてもなあ」
 彼女の問いに応えたのはフランシス。
 いずれも困惑の表情を浮かべている。
「レンという名の生徒はうちに居ないし、送り返そうにも、差出人や住所が明記されて
ないのでは手の打ちように困る」
 どうやら教師陣は、小包の受取人が判らず途方に暮れているらしい。
「筆跡からして、送り主は女性のようだが…」
「せめて宛名だけでも書いていてくれればねえ」
 そう言って小包を手にしたのは、保健医兼非常勤のミランダである。
「あら?」
 不意に、小包を見ていたミランダが何かに気付いたようだ。
「どうかしました?」
「ほら、ここ。何か書いてあります」
 ミランダが指し示したのは、小包の右下。
 隅っこに小さな字で「祝・中級魔術師昇格」と書かれている。
「どうやら進級祝いのようですね…」
「中級…ですか…」



「───という訳で、お前たちに心当たりはないか?」
 帰りのホームルームで、フランシスは職員室であった事を告げた。
「いえ、僕は全く…」
「オレも知らね…知りません」
 しかし、皆の答えはノーだった。
 フランシスは途方に暮れた。このクラスの誰でもないとなれば、今度は範囲を広げて
訊き回らねばならなくなる。が、やはりそれは面倒臭い。
 おまけにこの時期は、進学や就職といった進路問題で、多忙を極める生徒や教師が
殆どであるから、彼らの協力を仰ぐのは難しい。
「困ったな…」
 そう呟いたフランシスと、欠伸をかみ殺そうとしたレオンの眼が合った。
 ヤバい!
 本能的にそう思い、咄嗟に眼を逸らしたが、時既に遅し。
「レオン」
 妙に明るさの入った声で、名を呼ばれた。
「は、はい…」
 ちくしょう、見なきゃ良かったと、心の中で後悔する。
「頼みたいことがあるのだが……」
「まさか、受取人捜せってんじゃないでしょうね?」
 九分九厘の確信をもってレオンが問うと、フランシスは破顔一笑。
「そうだ。良く判ったな」
 まさに図星である。
「見事捜し出せたら、勲章をひとつやろう。引き受けてくれるな?」
 あまり割に合わない気がするんですけど。
 レオンはそう言おうとしたが、頭上に雷雲の気配を察知して、止めた。



「ちくしょー!フランシスの野郎、覚えてやがれ!」
 放課後、人もまばらな教室に、レオンの叫ぶ声が響く。
「そんな事言うんだったら、断れば良かったのに」
「冗談じゃねえ!頭上に落雷スタンバってるのが判ってて断れるか!!」
 ラスクの突っ込みに、レオンが速攻言い返す。
「斜め後ろなんだから見えたろうが!!」
「さあ。ボク知らな〜い」
「んなっ!?」
「──しかし、どうしたものでしょうかねえ」
 ラスクとレオンの言い合いを遮るかのように呟いたカイルの言葉に、皆が一斉に小包
を見やった。
 因みに皆とは、カイル、レオン、ルキア、ラスク、セリオス、クララ、シャロン、アロエの
八名である。
「折角のお祝い品なんだもん。何とか受取人を捜してあげたいわよね」
 ルキアがそっと小包に触れた。普段は短気で男勝りな彼女だが、こうして時折、女性
らしい優しさを垣間見せることがある。そのあたりが、彼女が彼女である所以なのだが。
「……レンって……誰のことなのかな?」
 そう言って小首を傾げたのはアロエ。本人は無意識なのだが、その仕草が、より彼女
の可愛らしさと可憐さをひき立てる。
「そんな奴クラスに居ねえしなあ」
 アロエに応えたのはレオン。お手上げだぜと自棄になり、紅蓮の炎のような紅い髪を
くしゃくしゃと掻き毟る。その顔は、存外に幼く見えた。
「案外、あだ名だったりしてね」
 不意にラスクが言った。悪戯っぽく、こどもらしく、鶯色の瞳をきらめかせながら。
「あだ名?」
 ルキアが、形の良い眉をひそめて訊いた。
「そう。お祝いくれるって事は、受取人と親しい訳だよね?」
 だったら、カードの名前をあだ名で書いてもおかしくないでしょ。
 言外にそう言って、ラスクは片目を瞑った。
「言われてみれば、そうかもしれませんわね…」
 ラスクの言葉に同意を示したのはシャロンだった。
 つややかな金髪が、差し込む陽にきらりと輝く。
「あり得ない話ではありませんわ」
「でも、そんなあだ名の人、このクラスに居ましたっけ?」
 この推論に水を差したのはクララである。
「え…クララさん、わたしの推理、ダメかしら…?」
「あ、いえ、そんな…」
「っていうか、最初に言ったのはボクなんだけど…」
 ラスクは抗議したが、小声であったために誰も気付かなかった。
「だが、どうやって捜すんだ?」
 セリオスがうんざりしたように言った。
「ひとりひとりに当たっていたら、時間が幾らあっても足りんぞ」
 セリオスの意見はもっともだ。彼らとて暇を持て余している訳ではない。日々の宿題だって
あるし、予習復習だってやらなければならない。
 おまけにカイルは生徒会長だ。卒業式には送辞を述べねばならず、その準備に当てる時
間だって馬鹿にはならない。
 折角糸口が見つかったと思ったのに…。
 皆ショックのあまりにうなだれ、押し黙る。
「──しっかし、おっちょこちょいな奴だよな」
 場を取り繕おうとしたのか、口を開いたのはレオンだった。
「自分の名前くらい書いとけってーの」
「そうよねえ。普通は書くわよねえ」
 レオンの言葉に乗ったのはルキアだった。彼女も、この気まずい沈黙を破りたかったに違
いない。
「宛名も書いてないなんて非常識ですわ」
 シャロンも乗って来た。
「すんごい忘れっぽい人なのかもね」
「うんうん。きっとそうだよ」
 ラスクも会話に入る。
「あ、でも」
 この方を弁護する訳ではありませんが。と、前置きしてから、カイルは言った。
「作業の途中で他のことしちゃうと、どこまでやったのか忘れたりすることってありませんか?」
「判る判る。読書の途中とかで用事頼まれると、何処まで読んだか忘れちゃうのよね」
 で、同じとこ2回読んじゃうの。と、ルキアは笑った。
「あ、わたしもあります」
 それにクララが同意する。
「お兄ちゃんによく笑われました」
「え、クララも兄弟がいるのか?」
 何気ないクララの一言に反応したのはレオンである。
「ええ。兄がひとり」
「あれ?“も”ってことは、レオン、兄弟がいるの?」
 ラスクが抜け目無く突っ込む。
「あ、ああ。まあな」
 レオンにしては、珍しく歯切れの悪い口調である。
「何人兄弟?男?女?レオンは何番目?」
 矢継ぎ早に問いを重ねるラスク。
「そんなこと訊いてどうすんだよ」
「別に。知りたいだけだもん。早く教えてよ」
 どうやら彼は一人っ子らしく、兄弟というものに憧れを抱いているようだ。
 しかしその憧れが、兄弟を持つ人間に理解されることは少ない。
「ねえ、教えてってばあ」
「どうでも良いだろそんな事」
「二人兄弟。姉がひとり」
 二人の言い合いに終止符を打ったのは、ラスクでもレオンでもなく、セリオスだった。
「え、そうなの?」
「そうだ。名はシオン」
「何でテメェが知ってんだよ!!」
絶妙のツッコミを入れつつ、レオンがセリオスに掴みかかる。
「以前、Mr.フランシスの処へ、クララ君の誕生日を訊きに行ったろう」
「それがどうしたってんだよ?」
「あの時、偶然お前の家庭調査書が見えたんだ」
「んなっ!?」
その時、二人のやり取りを聞いていたラスクが、驚きの声をあげた。
「あれ、今のってレオンのことなの?」
「あ?」
「ボク、セリオスの事かと思った」
 ラスクの台詞に、セリオスの胸倉を掴んだまま、レオンが硬直する。
 やがてその緋色の瞳に、ゆっくりと理解の色が浮かび………
「しまったあああぁぁぁぁ!!!」
 レオンの絶叫が、再び教室に響き渡った────



 墓穴を掘って観念したのか、レオンは渋々語り始めた。
 シオンという名の姉が居ること。年が一回りも違うこと。そして料理はおろか、趣味として
たしなんでいる武術さえも、姉によって叩き込まれたこと。
 流石に皆に全てを語る気はなく、自分にとって差し障りの無い部分だけを、巧くかいつま
んで話そうとした……つもりだった。
 ところが、身内のネタというものは大概が誹謗中傷である。しかも兄弟間での序列が下で
あるほどそういう話題は豊富だ。
そんな訳で、レオンは延々と姉の悪口を語り始めたのだった。
「───ったく頭来るぜあの馬鹿姉貴。レンレンって気安く呼びやがって……」
「ストップ」
 途中でルキアがそれを遮った。
「何だよ」
「今アンタ何て言った?」
「馬鹿姉貴」
「違う。その後」
「レンレンって気安く…」
「おい」
 今度はセリオスが話に加わった。
「何だよお前ら。話の腰を折んなよ」
「まだ気付かないのか?」
「何が?」
 疑問符だらけのレオンに、カイルが困ったような笑みを浮かべる。
「…もしかして、あの小包の受取人は、レオン君なんじゃないですか?」
「何で?」
「もー、いい加減気付いてよ!」
 ラスクはやや苛立っている。
「小包にあったカードに、何て書いてたか覚えてる?」
「“レンに愛を込めて S”だ…ろ…?…」
 声が尻窄みになっていく。
「ああっ!!」
「やっと気付いた…」
「気付くの遅過ぎ!」
「全くだ」
「鈍いにも程がありますわ」
 もはや散々である。
「ま、まあまあ。無事届けられたんですから、良いじゃありませんか」
 カイルが慌てて助け舟を出す。
「ねえレオン、開けてみせて…」
「お、おう」
 アロエに促されて包みを開けると、中から現れたのは一着の胴着だった。
「わあ、素敵」
「ホント。それにこの色……」
 レオンの髪に良く映える。
 思わず声に出しそうになり、ルキアは慌ててそれを呑みこんだ。
「そう言えば、いつも着てたやつ、破れたんだっけ」
「丁度良かったじゃないですか」
「お前と違って気の利く姉だな」
「レオン、アンタちゃんとお礼言っときなさいよ」
 終始叩かれっぱなしのレオンであった。



 後日談。
 連休の際に実家に戻ったレオンが、姉・シオンに宛名と送り主の明記を忘れたことを
指摘すると、「大いなる姉の愛情に気付かないとは何事だ」と逆ギレされ、あまつさえボ
コボコに叩きのめされたという。
 当然の如くレオンは怒り狂っていたが、数日後、例の胴着を着て、何処か嬉しそうに
稽古に励むレオンの姿が、クラスの何人かに目撃されている。






             ────おしまい(笑)────


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管理人注釈
 再び、ありがとうございました、たちばなさん。
 うpが遅くなって、すいませんでした(滝汗涙
 うーん、いいですね♪ やはり、レオンを弄るのはレオン同盟の方にお任せするのが(をぃ
 あと、私が弄りにくいキャラっていいますと、、、
 、、、ルキア、、、??
 そういえば、ルキア、俺のSSで、まっっっったく活躍してない気が(汗
 どうしましょう(滝汗
 やはりここは、ル同の方にお力添えを頂くしかw
 っていうか、よく見ると、たちばなさんも、結構ルキアを活躍させておられるような?
 というわけで、宜しくお願いします、たちばなさん(ぉぃおぃをぃ