「・・・あいつは飛べたんだ」

 放課後。二人きりの教室。
 セリオスの呟き。カイルは余計な口を挟まず、次の言葉を待ち続ける。
 長い沈黙。
「・・・僕のせいで飛べなくなった」
 カイルの目つきが少しだけ鋭くなる。
「・・・僕が6歳の時だ。父と対立していた魔術師に誘拐された」

 漆黒のローブを纏った魔導師。そして、その下僕であろう2人の魔術士。
 箒にまたがり、幼いセリオスを抱えて飛んで行る。
 恐怖にすくんでいたセリオスが悲鳴をあげる。
 その声に振り返るレオン。そして・・・レオンの父親。
 レオンの父の唇から流れる詠唱。指先から迸る雷光。

 ── 誰もいなくなったアカデミーの廊下を、レオンがよろけながら歩いていく。
 割れる様に押し寄せる頭痛。頭をかかえて、思わず蹲る。


 雷鳴が轟き、セリオスを抱えて飛ぶ魔術士の肩に当たる。
 墜落する魔術士とセリオス。レオンの父が器用に空中でセリオスを捉まえる。
 「レオン、この子を連れて逃げるんだ!」
 ひょいとレオンの操る箒にセリオスを乗せる逞しい腕。
「つかまって!」
「逃がすか!追え!」
 レオンの父と対峙しながらも魔導師が叫ぶ。
 レオンに迫る魔術士。
 驚くべきスピードで、その手をかわすレオン。

「しっかりつかまってんだぞっ!」
 しがみつくのが精一杯のセリオスは夢中で頷く。
 一段とスピードを上げ、森の中に突っ込む。
 唸りを上げながら迫る木々を、軽々とかわしながら飛び続ける。
 避けきれずに大木の枝に激突し、そのまま動かなくなる魔術士。

 ようやくセリオスの捜索隊が到着し、セリオスとレオンは無事に保護された。
 捜索隊のリーダーと思しき男に駆け寄るレオン。
 「父さんを・・・父さんを助けて!」
 「よし、案内しろ!」

 ── レオンの中で蘇る記憶。セリオスの口から語られる真実。
 その二つは、次第に重なっていき ──

 レオンの案内でようやく一行が到着した、その時。
 魔導師の呪文と共に、空中に現れるドラゴン。
 ドラゴンの吐く紅蓮の焔が、レオンの父を包み込む。
 悲鳴。それは幼い彼自身の悲鳴。
 堕ちていく焔の塊。


「そうですか・・・」
 呟くカイル。その表情はオレンジ色の夕日に遮られセリオスにはよく見えなかった。
 二人きりの教室。長く伸びた影。
 
 濁流の様に溢れ返す記憶。
 まだあどけない、だが間違えようの無い程に面影のある・・・良く見知った顔。

「セリオースッ!!」
 レオンは絶叫し、崩れ落ちるように倒れた。

 遠くから聞こえてきたレオンの声に、はっと振り返るカイル。
 応える様に立ち上がるセリオスの前に、思わず立ちふさがる。
「どいてくれ」
 静かに、まるで懇願するようにセリオスは言った。

 すすり泣く声が聞こえる。
「・・・レオン」
 セリオスの声に、一瞬身体を強張らせ、ゆっくりと顔をあげるレオン。 
 
 はっとして顔を上げるアロエ。
「どうかした?」
 訝しげにルキアが尋ねる。
「待って!」
 応えずに走り去るアロエを追って、ルキアも食堂を飛び出していく。

 セリオスの顔面をめがけて突き出されるレオンの拳。
 鈍い音と共に、セリオスの顎が跳ね上がる。鮮血に紅く染まる唇。

 廊下の向こうに、レオンとセリオスが争う姿を見つけ、
 駆け寄ろうとするアロエとルキア。
 その途端、何かにぶつかり、そっと押し戻される二人。
「カイル!どうして?通してよ!」
 築いた主そのものの感触を持つ結界に阻まれ、非難の声をあげる。
「『すみません。でも、僕達の出番はまだなんですよ』」
 呑気とも聞こえる声が、アロエとルキアの頭の中に響いた。

 自分が何故セリオスを殴っているのか、レオンにはわかっていなかった。
 正確に言えば、殴っている相手が誰なのかも認識していなかったのである。
 今、レオンは六歳の子供に戻っていた。彼を突き動かしているのは、
 父親を奪われた幼い子供の怒りでしかなかったのである。

「『さ、ルキア』」
 頭の中にカイルの声が響いた瞬間、結界が解かれた。
 おずおずと二人に近づいてくルキア。
 
「・・・レオン」
 そっと呼びかけるルキアの声に、振り向くレオン。
 頬に触れる柔らかな感触。柔らかな匂い。
「もういいよ。ね?」
 ルキアに抱きすくめられ、もがくレオン。
 ルキアの唇から聞こえる歌声にやがて大人しくなり ─

「『・・・いいですね、アロエ?』」
「うん、わかったよ」
 とことこと歩き出すアロエ。
 ルキアの腕の中のレオンを覗き込んで、
「あはっ・・・レオン赤ちゃんみたいだ。これから『レオンちゃん』って呼んじゃおっと」
 にっこりと微笑む。
 やがて漏れる詠唱。
 ぐったりとなるレオン。続いて崩れ落ちるルキアとセリオス。

「・・・お疲れ様でした」
 廊下に姿を現すカイル。
「本当にこれでよかったのかなぁ?」
「いいんですよ、これで。僕たちにはまだこんな問題、大きすぎますから」
 にっこりと笑うカイル。 
「あたしあんまりうまくないんだぁ、忘れるおまじない」
 不安そうにつぶやくアロエ。
「だから・・・きっとすぐに思い出しちゃうよ、みんな」
「そうですね、でも ─ 」
 窓の外に登った月を見上げながらカイルは言った。
「もう少し、時間をかけたって・・・いいですよ、きっと」




「レオンちゃーん、ちこくしちゃうよー」
「だからその『レオンちゃん』はやめてくれよぉ!」

 背中にしょったリュックから顔だけ突き出したアロエに向かって怒鳴りながら、
 レオンが走る。
 原因不明の高熱を出し、三日も寝たきりだったのだ。
 すっかりなまった身体に活を入れる為、早朝ランニング兼トレーニングと
 ばかり、錘代わりのアロエを乗せて、走る。
 寝ていた間に、色々な夢を見た様な、不思議な気持ちだった。
 とてもとても懐かしい顔、そして、良く知った顔。

 
 少しだけ、思い出したことがある。


 セリオスのこと。どうしてだかは思い出せないが、子供の頃に会ったことを
 思い出したのである。その時も具合が悪かったのか、ずっと寝たきりだった。
 レオンが目を覚ますと、いつもセリオスがじっと彼を見つめていた。
 このことはセリオスにはまだ秘密にしておこう。
 くすっと彼は微笑んだ。

 そしてもう一つ。
 父さんのこと。

 彼の父親は、飛ぶことに関しては右に出る者がいないほど、飛ぶのがうまかった。
 そして父親の笑顔も、思い出す事ができたのである。

「だから、俺はいつか必ず飛べるようになる。」

 レオンは、そう信じることに決めた。
 


(「飛べない魔術士」 完 )



 ☆☆☆ エピローグ ☆☆☆


「きゃあっ!」
「うわあっっ!!?」
 
 急に曲がり角から姿を現す少女。
 全速力で走っていたレオンはまともに少女とぶつかる。

「痛いです、、、ふぇ〜ん、、、」
「あぁっ! 悪い、ゴメンっ! 大丈夫か!?」

 眼鏡をかけた少女が泣き出しそうになっている。
 大慌てで少女の様子を見るレオン。
 少女の膝から、血が流れている。

「血が! 治さねぇと、、、頼む、アロエっ!」

 彼らの物語は、まだ、終わらない。


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※管理人注釈
 、、、すばらすぃですね(落涙
 熱い友情物語です、さすが、レオン同盟盟主様(ぉ
 いやぁ、私が掴めなかった、本来のセリオスのキャラも出てますし、カイルも、、、
 それぞれの生徒の得意とする術に、その生徒の性格や過去が隠されてる気が。
 カイル君が結界を使えるのは、「実は暗い過去を、、、」っていうアレとマッチしてますね。
 [結界術も、クララのある魔術と同じで、レアな気がします。 さすが、特待生(何]
 ときに、カイル同盟の方、そのあたりを書いて下さったら嬉しいんですけどねぇ〜(をぃ
 はっ!? それとも、既にがりくそんさんの中で、設定が完了してるとか!?
 なので、さらに次のお話も、期待しておりますm(_ _)m
 
 というか、コラボSSの醍醐味を、私が感じてしまいましたよ(爆
 作者側の私としては、「エピローグ」に感謝感激です(笑
 なるほど、こう、つながっていくのですね。
 がりくそんさん、本当にありがとうございます!